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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2344号 判決

原告 水郷観光開発株式会社

右代表者代表取締役 大森武雄

右訴訟代理人弁護士 根本隆

被告 村松建設株式会社

右代表者代表取締役 村松貴己彦

右訴訟代理人弁護士 一杉藤平

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  予備的請求に基き、

被告は原告に対し、二八、七三七、〇七一円およびこれに対する昭和四四年一二月二六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において六〇〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告

第一請求の趣旨

一(一)  主位的請求

被告は原告に対し三、二八四万二、八六六円およびこれに対する昭和四四年六月三日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  予備的請求

被告は原告に対し三、四〇五万六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一二月二六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用被告負担。

三  仮執行宣言。

第二請求原因

一  原告は観光事業を営む会社、被告は建設業を営む会社である。

二  売買契約締結に至る経緯

(一)  原告は被告に対し昭和四一年一一月一一日二、〇〇〇万円を貸付け、その際原・被告間で左記約定を締結した。

1 被告は原告に対し、被告所有の別紙物件目録記載の山林七筆および付属物件(以下本件山林という)の売買の一切(但し売買代金は一億二、〇〇〇万円とする)を委任する。

2 原告は被告に対し本件山林の売買契約が締結されるまで前記二、〇〇〇万円を無利息で貸与する。

3 被告は原告に対し前記二、〇〇〇万円の債務の担保として本件山林に売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記をする。

4 原告が本件山林を他に売買するにあたり売買代金の支払方法および支払期については予め被告の了解を得る。

5 原告が本件山林を他に売却するときの代金のうち一億二、〇〇〇万円は被告の、その余は原告の各所得とする。

(二)  右契約締結の際原告は被告に対し、本件山林の総面積八万二、九七五坪の売買価格が一億二、〇〇〇万円という大金であるので万一面積が少なかった場合その責任を負わねばならないので実測することをすすめたところ被告の顧問で本件山林の売却方につき代理権を授与されていた大川は、本件山林の面積が登記簿上の面積以上あることを断言して保証し、また被告は登記簿上の面積より一割以上あることは確実でこれより少ないということはないし、被告は仕事の性質上伊豆を中心とする静岡県の山林を何筆も買ったが登記簿上の面積より実面積が少ないということはなかったのだから本件山林を測量する必要はない旨断言した。

(三)  原告は昭和四二年七月一三日被告に対して五〇〇万円を貸付けた。

三  売買契約の締結

(一)  昭和四三年末ごろになっても本件山林を売却できなかったところ、被告は原告に対しこれまでの経緯上本件山林を原告において買い取ってほしい旨申込んだので、同年一二月一九日ごろ原告は被告から本件山林を一億二、〇〇〇万円で買い受ける旨約し(以下本件契約という)、その代金支払方法として、原告の被告に対する前記二の(一)、(三)の各貸付金合計二、五〇〇万円を内金に充当し、残金は昭和四四年四月一五日本件山林の所有権移転登記と引換えに支払い、被告は原告に対し本件山林の売買代金のうち現金一億〇、五〇〇万円を入手したときは一、五〇〇万円を贈与する旨約した。

(二)  その際被告の専務取締役杉本、遠藤は原告代表者大森武雄に対し本件山林の実面積は登記簿上のそれより一割以上多いことを断言した。

四  代金支払状況

原告は被告に対し、本件山林の売買残代金として昭和四四年三月一五日一、〇〇〇万円を、同年六月三日七、〇〇〇万円を各支払って前記贈与金債権一、五〇〇万円を取得し、右債権と売買残代金一、五〇〇万円とを対当額にて相殺する旨昭和四四年六月三日口頭にて意思表示した。仮りに右相殺の意思表示がなかったとしても、本件第八回準備手続期日(昭和四六年五月二五日)において右相殺の意思表示をした。

五  前記二・三の各事情からいって、本件売買は本件山林の実面積が登記簿上のそれより一割以上広いこと、従って最低限登記簿上の面積の存することを保証してなされたことは明らかであるところ、実面積は一九万八、八二八・三m2(六万〇、二五一坪)であって登記簿上の面積より七万四、九二三・二m2(二万二、七〇四坪)狭いことが昭和四四年八月ごろ判明した。

六  主位的請求について

(一)  被告の詐欺行為

1 被告は本件山林の実面積が登記簿上の面積より相当少ないことを知りながら、本件契約締結に際し本件山林の実面積が登記簿上のそれより一割以上も広いように原告を申し欺きその旨原告を誤信せしめて本件契約を締結させたので、原告は前記不足分の代金額に相当する三、二八四万二、八六六円の損害を被った(計算は左のとおり)。

120000000円/82955坪×22704(坪)=32842866.60円

2 よって原告は被告に対し不法行為に基く損害賠償として三、二八四万二、八六六円およびこれに対する不法行為発生後の昭和四四年六月三日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告の不当利得

1 仮りに被告に詐欺行為はなかったとしても、前記不足分の代金額に相当する三、二八四万二、八六六円を法律上の原因なくして被告は不当に利得し、原告は同額の損失を被った(計算は前記五(一)の1と同じ)。

2 よって原告は被告に対し不当利得に基く返還請求として三、二八四万二、八六六円およびこれに対する被告が悪意になった日の翌日以降である昭和四四年九月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による法定利息金の支払を求める。

七  予備的請求について(担保責任に基く代金減額請求)

(一)  原告が本件山林の引渡を受けたのは昭和四四年六月三日であったが、同年八月ごろ本件山林の実面積が登記簿上のそれより少ないことが判明したので直ちに原告は被告に対し、本件山林の坪数が登記簿上の面積八万二、九五五坪より一割以上多いとの被告の保証にもかかわらず実測したところ登記簿上の面積より二万二、七〇四坪不足していることを通知し、かつ本件山林の境界について被告において立ち合ってくれることを要求した。

(二)  よって原告は被告に対し瑕疵担保に基く代金の減額として、面積の不足分に同年一二月当時の本件山林の坪当り時価一、五〇〇円を乗じた額三、四〇五万六、〇〇〇円を請求できるところ、すでに原告は売買代金を支払済みなので右同額の返還ならびにそれに対する代金減額請求をした日以降の同四四年一二月二六日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三≪省略≫

被告

第一請求の趣旨に対する答弁

一  原告の主位的・予備的請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用原告負担。

第二請求原因に対する答弁

一  認める。

(一)  否認する。但し被告は原告の代表者である訴外大森武雄個人に対し昭和四一年一一月九日本件山林を一億二、〇〇〇万円にて売渡し、その際、内金二、〇〇〇万円を受領すると同時に本件山林に売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記をなし、右訴外人が本件山林を他に転売するも被告において異議ない旨を約し、同年同月一一日被告は右訴外人から二、〇〇〇万円を手付金として受領した。

(二)  否認する。

(三)  否認する。但し被告は大森武雄より本件山林売買の内金として昭和四二年七月一三日五〇〇万円受領したことはある。

(一)  原・被告が売買契約の当事者になるに至った経緯は次のとおりである。すなわち昭和四四年一月初めころ原・被告および訴外大森の三者により、本件山林の買主を右訴外人から原告に変更し、代金は一億二、〇〇〇万円として右訴外人が既に支払った二、五〇〇万円は原告の本件売買契約における手付金とすること、残金は同年四月一四日限り現金にて支払い、それと同時に所有権移転登記手続をなすこと等につき合意した。

同年一月二七日には原・被告間で、被告が残金八、〇〇〇万円の支払を受けたときは、被告は原告またはその指定する第三者に本件山林の所有権移転登記手続をすることを約し、結局右八、〇〇〇万円を受領した時に売買代金一億二、〇〇〇万円を一億〇、五〇〇万円に減額する旨約した。

(二)  否認する。

四  被告は原告から昭和四四年三月一五日一、〇〇〇万円、同年六月三日七、〇〇〇万円を本件山林の売買残代金の一部として受領したことを認める。

五  本件山林の売買が数量指示売買であるとの主張を争い、その余は不知。本件山林の売買は一括売買である。

(一)

1  否認する。

2  争う。

(二)

1  否認する。

2  争う。

(一)  本件山林の引渡日時を認め、その余の事実を否認する。但し原告より被告に対し、本件山林を他に売却したところ実測の結果面積が不足しているから何とかしてくれとの申出があり、被告側の遠藤が境界確認の際立合ったことはある。原告が被告に対し本件山林の面積の数量不足を通知したのは昭和四四年一二月二四日以降であるから、商法第五二六条により、原告は代金減額の請求は行使できない。

(二)  争う。

第三証拠≪省略≫

理由

第一売買契約締結に至る経緯

一  ≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認めることができる。

(一)  ゴルフ場の建設等を主な営業内容とする被告会社は、本件山林を所有していたのであるが、昭和四一年ごろ資金繰りの必要性から本件山林を売りに出すことにし、当時静岡県伊東市の市会議員であって、被告会社の非常勤の顧問という地位にあり、本件山林の形や境界について被告会社の中では最も熟知していた訴外大川に対し、本件山林の売却方を委託してその承諾を得た。そこで、訴外大川は原告会社の代表取締役訴外大森武雄に対して、本件山林の売却に協力してくれるよう相談をもちかけていたところ、訴外大森は、同年六、七月ごろたまたま訴外株式会社江南(以下単に江南という)が本件山林の近傍に八万坪以上の土地を買うべく物色していることを知ったので、訴外大森はその旨を訴外大川に連絡し、被告会社と江南との間の本件山林売買契約締結への斡旋に乗りだした。同年八月ごろには、江南の役員をしている訴外仲子俊量は、訴外大森、同大川、および被告会社の役員一、二名と連れだって本件山林の現場に臨み、現地を検分した。江南は八万坪以上の土地を買うべく物色していたので、この現地説明の際、訴外仲子は被告会社側の者に対して本件山林の面積が登記簿に表示された面積どおりあるかどうかを問い正したところ、訴外大川はそのことは間違いない旨返答したので、訴外仲子もその言を信じた。

(二)  その後、江南と被告会社の間では、訴外大川、同仲子、同大森らの折衝により売買代金を一億二、〇〇〇万円とする合意に達し、訴外仲子は振出人江南、受取人白地、額面一、〇〇〇万円の約束手形を手付金名義で振出し、訴外大森を介して被告会社に交付したのであるが、同年一〇月になっても江南の方では売買代金の準備の具体的な目安がたたず、結局江南と被告会社との間の本件山林売買契約締結の見通しは暗くなってきた。

(三)  訴外大森から右(二)の事情を聞いた訴外大川は、被告会社代表取締役訴外村松貴己彦および訴外大森と一同に会する等して、本件山林の売買について善後策を協議した結果、昭和四一年一一月九日から一一日ごろにかけて、左記のような合意に達し、本件山林売却に関する委任契約が成立した。

1 被告会社は訴外大森に対し、本件山林の売却に関する一切(但し売買代金は一億二、〇〇〇万円とする)を委任する。

2 訴外大森は被告会社に対し、右売買契約が締結されるまで、二、〇〇〇万円を無利息で貸与する。訴外大森が右二、〇〇〇万円を貸与したときは、被告会社は訴外大森に対し、本件山林に売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をなす。

4 訴外大森が本件山林の売買契約を締結するときは、予めその売買代金の支払方法および支払時期について被告会社の了解を得るものとする。

5 本件山林が一億二、〇〇〇万円以上で売れたときは、一億二、〇〇〇万円は被告会社の所得とし、右金額を超過する分は訴外大森の所得とする。

(四)  その際、訴外大森は、本件山林の売却について被告会社から受任する以上は、本件山林の面積について確認しておきたいと考え、被告会社代表取締役訴外村松貴己彦が傍にいるところで、訴外大川に登記簿上の面積があるかどうかを問質したうえ、被告会社および訴外大川作成の訴外大森宛「念書」、被告会社作成の「委任状」の各書面に、地目反別による登記簿どおりの本件山林の表示のほか、「総坪数」または「総数」として「八二、九五五坪」と面積を付記してもらって、右各書面の交付を受けた。

(五)  右約旨に従って、訴外大森は同年同月一一日被告会社に対し二、〇〇〇万円を交付し、同月一四日被告会社は訴外大森に対し、本件山林に同日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をなした。

(六)  訴外大森は訴外仲子に対し江南が本件山林を買うのかどうかにつき解決を迫ったのであるが、昭和四二年二月ごろには江南振出の額面一、〇〇〇万円の前記約束手形が不渡りになり、その買戻しのために江南が振出した額面三五〇万円の小切手も不渡りになる等した結果、江南が本件山林を買い受ける話合いは最終的に挫折してしまった。

(七)  その後訴外大森は本件山林の売却につき種々努力したが、格好な買手が見つからないまま推移したところ、被告会社は経営遂行上資金が入用だったので、昭和四二年七月一三日訴外大森から五〇〇万円の交付を受けて金銭消費貸借契約を締結した。

二(一)  ところで、原告は右一の(三)、(五)、(七)で認定した委任契約の受任者、金銭消費貸借契約の債権者は、訴外大森個人ではなく、同人が代表取締役をしている原告会社自身である旨主張し、≪証拠省略≫には右主張を裏付けるかのように、「大森武雄」なる名前の右肩部分に「水郷観光開発株式会社」または「水郷観光開発(株)」なる記載がある。しかし、右肩書部分とその余の部分とは筆跡や字の濃淡の度合に明瞭な差異が見出だされること、≪証拠省略≫には単に「大森武雄」との記載があるにとどまること等を併せ考えれば、前記肩書部分は後日付け加えられたことが推認されるから、右≪証拠省略≫をもってしては原告の前記主張を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(二)  また被告は昭和四一年一一月九日に訴外大森と被告会社との間で売買契約そのものが締結されたと主張し、≪証拠省略≫中には右主張に沿う部分があるが、これは≪証拠省略≫と対比すれば到底措信することができない。

(三)  更に被告は、本件山林の面積が登記簿上のそれを下らない旨告げたことは一度もない旨主張し、証人杉本、同遠藤および被告会社代表者らは一致して右主張に沿う供述をする。しかし右各供述によれば右供述者はいずれも本件山林が登記簿上の面積以上あることを確信していたことが認められること、八万余坪という広大な山林を一億円以上の大金で売却方委託された者が、実測面積と登記簿上の面積とのずれの有無・大小に重大な関心をもつこと、したがってその点につき質問して確かめておくことは極めて自然であること等をあわせ考えれば、右主張に沿う右供述部分は、前記認定に供した各証拠に照らし到底措信しえない。

第二売買契約の締結

一  前記認定の各事実および当事者間に争いない事実と、≪証拠省略≫を総合すれば次の事実を認めることができる。

昭和四三年にはいって、本件山林の買手として訴外恒陽不動産が出現し、訴外大森に対し売買代金が一億円なら買ってもいいと申し出るに至ったので、訴外大森も一億円なら売買契約締結も可能になるだろうし、責任ももてるという見地から、訴外大森は被告会社に対し、本件山林を訴外大森が代表取締役であって、不動産の売買仲介を営業内容としている原告会社に一億円で売ってくれるよう申込んで協議した結果、昭和四三年一二月一九日ごろ原・被告会社および訴外大森の三者間で、本件山林は原告会社が改めて被告会社から買い受けることに合意し、訴外大森が被告会社に貸付けていた前記金員計二、五〇〇万円をその手付金に充当する旨約し、「土地売買契約書」(原・被告双方の合意のもとに作成日時は昭和四一年一〇月二五日に遡って作成されたように記載されている)および「念書」が作成された。

ところで、右売買の代金額につき考えるに、右土地売買契約書には売買代金一億二、〇〇〇万円と記載されているが、それと同時に作成された右念書には「一億円の現金を受理したときは、被告会社は原告会社宛五〇〇万円の領収書と引換に二、〇〇〇万円の現金を差しあげる」旨の記載がる。また昭和四四年一月二七日被告会社作成の「大森武雄」宛「覚書」には「本件山林の売買残代金八、〇〇〇万円を受領したときは、直ちに訴外大森またはその指定する第三者に所有権移転登記をなす」旨の記載がある。以上の各書証と≪証拠省略≫をあわせ考えれば、手付金二、五〇〇万円と右残代金八、〇〇〇万円との合計額一億〇、五〇〇万円をもって、本件山林の売買代金とする旨合意したものと認めることができる。

原告は売買代金は一億二、〇〇〇万円であった旨主張し、≪証拠省略≫に右主張に沿う記載部分があるのは右に説示したとおりであるが、≪証拠省略≫と対比すれば、これを文字どおりに措信することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠もない。また原告会社代表者は売買代金が一億円であったと供述するが、これも前記売買代金の認定に供した前掲証拠に照らし容易に措信できない。

二  原告会社は被告会社に対し、本件山林の売買残代金として昭和四四年三月一五日一、〇〇〇万円、同年六月三日七、〇〇〇万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

第三金銭支払請求権の根拠

一  本件山林の面積について

本件山林の登記簿上の面積が八二、九五五坪であることは当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫によれば本件山林の実測面積は一九九、一七八m2(六〇、二五一・三四五坪)であると認めることができる。従って本件山林の実面積は登記簿上の面積に比し、二二、七〇三・六五五坪少なかったことになる。

二  主位的請求の不法行為に基く損害賠償請求の可否

原告は、被告会社が本件山林の実測面積が登記簿上のそれより少いという右の事実を知りながら、登記簿上のそれより広いと詐言を用いて原告を申し欺き、その旨原告を誤信させて本件契約を締結させたのであるから被告会社の不法行為になる旨主張するが、被告会社が原告を欺罔したと認めるに足りる証拠はない。却って≪証拠省略≫によれば、被告会社の関係者(代表取締役の村松貴己彦、役員の杉本福男、同遠藤峰雄)らは、本件山林の面積は登記簿上の面積があると確信していたことを認めることができるし、そうとすれば訴外大川も右関係者の確信を有していたのではないかとさえ推認できる。従って、原告の被告に対する不法行為に基く損害賠償請求は理由がなく、失当として棄却を免れない。

三  主位的請求中の不当利得返還請求について

原告は請求原因六(二)で、被告に対し不当利得に基く金員の返還請求を主張するけれども、右は、要するに、坪数の不足分に対応する代金相当額を売主たる被告が不当に利得し、買主たる原告が同額の損失を被ったからその返還を請求するというのである。そうすると、つぎの数量指示売買における代金減額請求の問題として扱えば十分であり、とくに不当利得の問題として取り上げる必要はない(代金減額請求権の実質は契約の一部解除であり、したがって不当利得制度の特則である)。

そこで更に進んで本件売買が数量指示売買にあたるかどうかについて考える。

四  本件は数量指示売買か

(一)  本件のような「土地」の売買については、一般に、目的地の坪数を指示し坪当りの単価を標準として代金額を定めた場合に数量指示売買が成立するといわれている。しかしながら、数量指示売買か単なる特定物売買かは結局のところ当事者の意思解釈の問題に帰着するから、一坪の単価が定められていなくても数量指示売買になる場合もないわけではない。また、数量を指示するといっても、宅地・農地・山林によってそれぞれ事情が異なることもいうまでもない。

(二)  そこで、右の意思解釈という観点から本件売買をめぐる諸事情につき考える。

1 前掲甲第12乙第2号証(いずれも売買予約契約書)は第一の一の(三)で認定した協議の結果昭和四一年一一月一一日に訴外大森と被告会社間で作成された文書であるが、これには本件山林の表示として、地目反別による登記簿上のそれのほかに、坪単位で合算した「総坪数八二、九五五坪」なる記載のあること

2 前掲甲第14号証(領収書)は第一の一の(五)で認定した二、〇〇〇万円の貸与の結果被告会社より訴外大森宛作成交付したもので(原告会社代表者の供述によって認める)、これには「伊東市赤沢地区八二、九九五坪」と記載されていること

3 ≪証拠省略≫によれば、本件山林の西側境界部分は境界を見極めるために入っていくことが困難な状況にあるばかりか、本件山林には急傾斜面がかなりあって、けわしい地形であることが認められること、この事実と本件山林が実測上も六万坪以上もあることをあわせ考えれば、本件山林全体を見渡してその広さを感覚的に確認することは困難であると推認されること

以上の諸事実と先に認定した諸事実、なかんずく

4 訴外大森が被告会社と江南の問にたって本件山林売買の斡旋にのりだしたいきさつおよび江南の役員訴外仲子が本件山林の現地を検分したときの面積についてのやりとり(第一の一の(一)参照)

5 訴外大森が本件山林の売却方につき被告会社から委任を受けるに際し、その面積が登記簿上の面積八二、九五五坪あるかどうか確めるために被告会社に問質した状況(第一の一の(四)参照)

6 本件山林の実測面積と登記簿上の面積のずれが大きすぎること(第三の一参照)

7 被告会社の代表取締役村松貴己彦、役員の杉本、遠藤、訴外大川らも本件山林の面積が登記簿上の面積どおりあることを確信していたこと(第三の二参照)

8 本件山林の売買に関与してきた訴外大森は、一億円なら確実に売れると考えていたこと(第二の一参照)、したがって自らも本件山林の面積が登記簿上の面積あるいはそれ以上あるであろうことを信じていたと容易に推認しうること

とを総合的に考えれば、なるほど本件全証拠によるも売買価格が単位面積(坪当り)の単価を先ず決めてから算出されたということを認めることは到底不可能である。しかしながら、右に説示したように極めて広範囲にわたり地形も著しく複雑な本件山林にあっては、坪当りの売買単価に総坪数を掛け合わせて代金額を算出することは、それ自体あまり意味のないことである。一方、右の諸事情からすると、前掲各証の「八二、九五五坪」という総坪数は、単に本件山林を特定するだけのもの、ないしは登記簿上の面積の単なる合算にすぎないとみることはできず、右総坪数は同時に数量指示のために用いられたものと解するのが相当であり、当事者双方とも本件山林が全体として右総坪数を有することに重きを置き、とくに被告会社においては少くとも登記簿どおりの坪数はあるものとしてこれを確保しないしは保証したものであり、原告会社においてもこれを前提として代金額を定めたものと認めることができる。そうすると、本件売買は数量指示売買と解すべきであり、契約に際し指示された八二、九五五坪に対し実測面積が六〇、二五一・三四五坪であるから、差引二二、七〇三・六五五坪の数量不足があったものといわなければならない。

ところで、原告が被告から本件山林の引渡を受けたのが昭和四四年六月三日であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告会社においては同年六月ごろ本件山林の面積の測量をし、その結果右の面積不足が判明したので、その旨直ちに被告会社に通知したことを認めることができる。

五  返還請求金額の算定

数量指示売買における数量不足の場合の代金減額請求は、代金支払後にあっては減額分相当の金員返還請求となるところ、本件山林の売買代金の支払がすでに済んでいることは前示のとおりである。

したがって、被告は、原告に対し、代金額一億〇、五〇〇万円を指示数量八二、九五五坪で除した商に不足分二二、七〇三・六五五坪を乗じた金員を返還しなければならないことになる。その額は、計算上二八、七三七、〇七一円(円未満切捨)である。

この点につき、原告は、右の不足分に代金減額請求当時の坪当り単価を乗じて請求しているけれども、右見解は、当裁判所の採用しないところであるのみならず、右請求時の時価の点の立証もない。

六  結論

以上によれば、原告の被告に対する主位的請求は理由がないから棄却を免れないが、予備的請求は二八、七三七、〇七一円およびこれに対する催告の翌日であること≪証拠省略≫によって明らかな昭和四四年一二月二六日以降完済まで商事法定利率(原・被告とも株式会社であること当事者間に争いなし)年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却する。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 竹田稔 裁判官蓑田孝行は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 賀集唱)

〈以下省略〉

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